週刊東興通信 発行人コラム
過酷な領域
2008 6/25

 友人のA君は、事業家としてはかなりの成功を収めている。従業員70人ほどだった親の会社を750人に成長させ、中国、タイにも進出して工場を作り、いまや年商250億、彼の年収は数億円と聞く。事業欲はとどまるところを知らず、次はロシア、インドへの展開を計画中だ。

  いわずと知れたワンマンタイプ。それを家庭にも持ち込むのか、会社にいた妹の婿は気に入らず追放、娘の婿も離婚させ、ついには自分自身が離婚してしまった。表向きは特に変わったようすもなく、平然としていたが、内面はどうだったか。

  彼は酒が一滴も飲めないのに、週に何度もあちこちのクラブに出掛け、ウーロン茶のお代わりをしながら閉店まで遊ぶ。彼の女好きは友人仲間では有名で、それも離婚の原因のひとつなのだが、彼自身は「仕事のストレスがなければ、こんなところには来ないよ」と漏らしたことがあるという。確かに、仕事は至って厳しく、遊びが過ぎて仕事に穴を開けるようなタイプではない。

  家庭を破壊してまで強欲に自分を追い込むとはどういうことなのか、よく理解できないでいたが、最近読んだ本にこんなことが書いてあった。

  「マイクロソフト社のビル・ゲイツ社長は、貧しい国の子どもたちのために770億円もの寄付をしたのはなぜか。大きく稼ぐ、突出した金持ちになると、せっかくかき集めたものをどんどん吐き出さずにいられないほど苦しいからだ。どれだけ多くの成功者がその苦しさに足をすくわれたことか」(要旨。西田文郎著「ツキを超える成功力」)。

  そして苦しさのあまり正常な判断力を失って経営判断を誤ったり、体や心の健康を損なったりするほか「女性やアルコールに慰安を求め、家庭を破壊する」としている。

  彼はその過酷な領域まで入り込んだのか。そういえは、アンチエイジング(不老長寿)に強い関心を持ったり、中国の植林運動を支援したり、どこか突き抜けた世界を描いている。

  同書は、強欲をさらにどんどん突き抜けてゆくと、最後は無欲になる、というのだが。
覚悟ということ
2008 6/4


  世の中は思うに任せぬものと、かねてから心得てはいたが、こう次々と厄介なことが起こると、ハテ、今年は厄年だったかなと思ったりする。

  なにが起こったか、ここでは言うまい。それより、どう受け止めてどう切り抜けるか、そこが大事なところだ。

  少々の心配事、困り事なら年に何回も起こる。その場合は、最悪のシナリオを想定して、悪くてもここまでだと思えば腹も決まる。むしろクヨクヨせずに気持ちの切り替えをした方がうまく行く。そんな時私は、昔はやった植木等の歌を口ずさんで気を取り直す。「そのうちなんとかなるだろう」と。しかし今回はそういうわけにも行かない。

  のるかそるか先が読めない、という岐路に私は過去3度立ったことがある。いずれの時も自分の選択した道に迷わず突っ込んで、切り抜けた。おかげで度胸と負けん気が身についた。しかしあのころは若かった。それに、自分のがんばりだけではどうにもならないこともある。

  近ごろは、ZARDの「負けないでもう少し、最後まで走り抜けて」で景気づけをしているが、美空ひばりの「でこぼこ道や曲がりくねった道、地図さえない、それがまた人生」の方がしっくり来る。思えば久しぶりの試練で、しばらく平穏だったことをありがたく思うべきだろう。時に葛藤あってこその感動、葛藤も感動もない人生なんてつまらない。

  先日、思いついて、学生時代に読んで感銘を受けた石母田正氏の「平家物語」(岩波新書)を読み直してみた。氏は「平家物語」に登場する平知盛の人物像に注目し、戦乱の時代にいくつもの修羅場を潜り抜け、少しも揺らぐことなく天命を全うした武将像を検証している。凡人の私も、こういう生き方をしたいものだ。
おうちはどこ?
2008 5/28

 カミさんが留守で、晩飯は近所のそば屋ですませた。

  店を出て、バス通りの歩道を歩いて帰りかけたら、パジャマ姿の小さな男の子が半泣きで小走りに駆けて行くのとすれちがった。どうしたの、と声をかけると振り向いて「お母さんとこに行くの」と言う。

  「お母さんはどこにいるの」
  「カジカワイイン」

  梶川医院? どこかで看板を見たことがあるような気がする。場所は分かっているのか聞いたが、はっきり答えのないまま、気がせくのかまた駆け出した。しばらく後ろ姿を見守ったが、夜の8時とはいえクルマの往来もあり、どうも危なっかしい。大丈夫かあ、と声をかけると、振り向いて何か言うが、よく聞き取れない。少し走ってまた振り向く。どうも行く先が分からない上に、心細いので振り返るようだ。

  「こっちへおいで」と呼び寄せると、私の手をしっかりと握る。ちょうど電器屋が店じまいをして出るところだったので、カジカワ医院を知らないか聞いてみた。首をひねりながら店に戻り、電話帳で調べてくれるので、こっちは本人の名前や年齢を聞き出す。2歳のようで、お母さんに会いたいと泣き止まない。お父さんはと聞くと「おうちにいる」。そりゃ心配しているだろう、と今度は親の名前を聞き出したが、医院も自宅も電話帳で見つけられない。

  結局、店の人の提案で警察を呼ぶことになった。パトカーで2人駆けつけ、事情聴取。第1発見者として私の住所、氏名、年齢、電話番号も聞かれる。おいおい、誘拐犯と違うぞ。

  警官はその子に案内させて自宅に戻す作戦に出た。ひとりが手をつないで歩き、もうひとりがパトカーで後につく。私も途中まで見送って家に戻った。ほどなく、親元に届けたと、連絡が入った。

  父親は心配していたのか、気がつかずにいて驚いたのか、ほったらかしだったのか。その後、親から電話一本あったわけでもない。
年金処理の解決法
2008 5/21

 昨年末、私のもとへねんきん特別便が届いた。厚生年金には342カ月加入しているが納付記録は325カ月、国民年金は109カ月加入しているが納付記録は101カ月、ということらしい。記録が漏れている可能性があるので、回答せよとある。国民年金は、私が本紙の社員だったころのものだ。経営を引き受けて半年後に厚生年金に切り替えた。さらにその後、別会社の厚生年金に切り替えた。

  加入記録を充分に確認の上回答を、とあるが、前の資格喪失日と次の資格取得日はすべてつながっており、空白はない。それ以上なにを確認しろと言うのだ。こっちで分かるわけがない。

  ところが回答は・訂正がある・訂正がない、の2つしかない。舛添大臣の立派な署名入りの通知だが、どうせ形だけでやる気のない社会保険庁のやることだ。付き合っているひまもないので、「訂正がない」で返信しておいた。

  もういいよ、と言っているのに春になってまた特別便が来た。「すでに訂正がないと回答した方の中に、その後の調査により、その記録の持ち主と思われる方が多いことが確認できた」のでとある。確認できたのなら、これがアンタではないかと書いてくればいいのにそれはなく、社会保険事務所に来るか、専用ダイヤルに電話しろと言っている。

  テレビや新聞では、そう言われた人たちが社会保険事務所に出向いたら、数時間も待たされた挙句、よく分からずに帰されたり、待ちくたびれて出直しになったりしていると報じていた。冗談じゃない、こっちは山ほど仕事を抱えているんだぞ。

  来所できない場合は専用ダイヤルへ連絡すれば郵送による手続き方法を案内するとあるので、この手を使ってみたが、いくらかけても「ただいま大変込み合っています。しばらくしてもう一度おかけ直しください」ばかり。よくまあここまで間抜けに徹しられるものだ。

  もう意地でも訂正があるにしてやる。会社の住所を書く欄があるので、ご丁寧に新旧並べて送り返してやった。

  破綻した年金処理のつじつま合わせに金と時間をかけるのはもうやめたらどうか。宙に浮いた5千万件をすべて認めるか、いっそ年金制度を廃止して、受給中の人には引き続き支給する、受給前の人にはこれまでの保険料に利息をつけて10年がかりで返却する―これでよい。支給費や返却費は、制度が廃止になるのだから今後は保険庁のボンクラ役員や職員の人件費、天下り費が浮き、これで賄う。保険庁から大量の失業者が出るが、社会を混乱させてきたのだから、そのくらいの責は甘んじて受けるべきだろう。
粗大ゴミ
2008 4/23

 ひとくちに整理整頓と対句にして言うが、整理と整頓の違いをご存知だろうか。国語辞典ではあまり明確な区別をしていないが、工場や職場で言う2Sでは整理は必要でないものを片付けること、整頓は必要なものを必要なところに納めておくこと、としている。2Sや5S(2Sに加え、清潔、清掃、躾)を進めている会社では、粗大ゴミの放置などあってはならないことだ。

  ところが家庭内の話となると事は理屈どおりには運ばない。隙間家具、パネル暖房具、ジューサー、ゴミ箱セット、パソコン台……。あってもなくてもよいような物のその後の運命は、不用になって納戸に押し込まれたり、家の外に放り出されたり、行方不明になったりと散々だ。カミさんには必要なもの以外は買うな、と言ってあるのに、ふと気がつくと妙なものが増えている。

  庭には甕(かめ)が3つもあって、幅を利かせている。なんでこんなものを買ったんだと聞いたら、ハスの花が咲くのを見るのだと言う。ボウフラが湧いて大変だぞと脅かしたら、メダカを飼っておけば大丈夫、あんたって生活を楽しむことができないかわいそうな人だね、と鼻で笑う。で、どうなったか。ハスの花は一度も咲かないうちにメダカもいなくなり、今は飼い犬の水飲み場になっている。

  こうしたものを、カミさんは通販で物色することが多い。通販雑誌も心得たもので、どこにでもありそうな、店頭で現物を確かめなくても安心な物でありながら、ちょっとした機能や特長をプラスして巧みに買い気を誘う。カミさんのように先々まで考えが及ばない者は、あらいいわねえとつい手が出るようにできている。

  このまま放っておくと、家の中全体がゴミ箱になる。まず、不用なものは思い切って整理する、そもそも滅多な物は買うな、と言ってもラチが明かないので、休日には自らクリーン作戦を展開することに決めた。それと、忘れてならないのは、なんとかして各種通販雑誌の送付を食い止めることだ。

  見渡せば/花も紅葉もなかりけり/浦の苫屋の秋の夕暮れ(藤原定家)

  私の理想のシンプルライフはいつ実現するのだろう。
講演を終えて 劣化の時代をどう生きるか
2008 3/26

聴講者からのメールと回答
劣化に歯止めは可能か



  阿部賢一(西東京市新町 70歳)

  劣化の時代は、自己完結の生き方が多くなったからだとのご指摘、そして目指すは自己実現であるとのお話、また、暗いことばかりを並べるのではなく、明るい前向きな生き方を目指そうというお話は、本当にその通りだと思いました。

  私も社会に出てからほとんど海外関係ばかりの仕事でしたが、「個人」を強く意識する外国人に比べ、わが日本人はどうも「個」とは何かをじっくりと考えずに来た、それが大量の自己完結人間に行き着いたのではないでしょうか。

  本日出席された方々は60代、70代が多く、私も昨年古稀を迎えましたが、出席されていない自己完結人間とはどうコミュニケーションを取り、働きかけたらよいのか模索中です。お話の中で、自己完結人間をどのように自己実現人間に志向させればよいのか、もう少しお聞きしたかったと思います。

  新渡戸稲造の「武士道」は、敬虔なキリスト教徒が外国人向けに英文で書いたものを、のちに邦訳したものです。武士道は賛美すべきものなのかどうか、果たして日本人は武士道を自覚して行動したのだろうか、日本人の生き方の原理原則を深く考える必要があるように思います。

  講演のレジメの最後にある「社会の劣化は政治家や役人の責任か」、この問いが、現在の日本人各自、若者から我々老人にまで問われているのだと思います。(要旨)

                                ◇
  お答え
 
  お便りをありがとうございました。ご質問のいくつかにお答えします。

  まず、個人意識や個人主義と自己完結型生活観との関係ですが、ちょっと面白い統計を引用してみます。

  少子化問題はどこの先進国でも深刻ですが、フランスでは出生率が、一時の落ち込みを回復して最近は2前後に上がる一方、未婚の母も増え、婚外子が新生児の半分を占めるようになりました。個人意識の強いフランス人は、家庭で子どもを育てる喜びを積極的に享受しつつ、未婚の母や婚外子だからといって不利益を蒙らないよう、法的保護や社会的信用を認め合い、個人の自由を上手に使えていると言えます。

  他方、日本と同様に出生率が1・2前後のスペイン、イタリア、韓国などは、婚外子も2〜S%程度です。スペイン、イタリアはカソリックの国、韓国は儒教の国で、個人主義が育ちにくかった風土のもと、自由と言われてもうまく使いこなせないのではと思います。日本では、夫婦別姓にも大きな抵抗がありますが、そんなことを認めたら家庭がますます壊れるとする保守派の危惧にも一理あります。身についた自由でなければ、自由もまた両刃(もろは)の刃です。

  次に、世代間の問題で言えば、私は必ずしも劣化が若者に特有の現象とは見ていません。近隣に騒音を撒き散らして捕まるのは中年のおばさんで、ゴミ屋敷の主は1人暮らしの男の老人です。劣化は世代を超えて広がり、今やこの世代ならばと安心できるのは、70代以上ではと思います。

  どう生きるかという問題は、どう死ぬかという命題でもあります。誤解を恐れずに言えば、70代とはその命題に現実的に直面し始める年代ではないでしょうか。藤原正彦氏が武士道に解決を求めた意図は分かりませんが、武士道は、武士が常に死を意識し、死に際して後悔することないよう、日々見苦しくなく正道を外れずに生きることを教えたものと思います。振り返って長寿大国日本では、私も含めいい歳をして覚悟もなく、馬齢を重ねるようになりました。

  ただ、私は悲観してはいません。人間は一人では生きられません。自分勝手に生きようとすることがどんなに虚しいか、家族がどんなに心の支えになるか、他人や社会との前向きの関わりがどんなに面白いか、いずれ気がつくときが来るはずです。ひと足先に気がついた人は、まだ気がつかない人に自分の真摯な姿を見てもらうだけでいいのではないでしょうか。
講演録 劣化の時代をどう生きるかC
2008 3/19

民主主義は両刃(もろは)の刃
  一人ひとりに重い責任


  日本には「情けは人のためならず」という言葉がある。これを自己実現の段階でいう「自分の欲求の中に他人を矛盾することなく取り込む状態」の理解に使ってみよう。この場で情けとは、武士道で言う惻隠(そくいん)の情やあわれみといった上から下に施すものではなく、思いやり、人情、慈愛、気配りといった意味に取ることにする。

  さて、思いやりは人のためにしてやることのように見えるが、世の中には実はそうすることによってしか自分に得られないものがある。それは他人という反射体があればこそ確認や獲得ができるもので、だから「人のため」は対立することなく自分の最高位の欲求の達成になる。仏教で言う利他の精神にも通じることで、早い話が無人島暮らしではこの欲求は決して叶わない。尾崎方哉は孤独な境遇の中で、それにも似た荒涼とした精神世界を句に残している。

  咳をしてもひとり

  自己完結が勝手気ままで快適に見えて、結局は虚しい自己満足や錯覚に過ぎないことを、私たちは少しずつ気がつき始めているのではないか。自己実現の欲求の中に他人との関係を探る道が、「次は何か」を示唆するひとつにならないだろうか、と私は思っている。

  劣化の時代をどう生きるかについて、私は▽中途半端に利口な人間の理性に頼るのでなく野生動物の本能に学ぶ▽救済と悟道を真摯に求める宗教の復権― なども挙げたいが、詳しくは自著「虫瞰(ちゅうかん)の風景」(東興通信社刊)に譲り、最後に主催者の選挙管理委員会のご希望もあり、これまでの話と選挙との関係に触れて締めくくりたい。

  選挙で棄権する人はよく「適当な人がいない」「誰がなっても同じ」などと言う。自己完結型価値観では、選挙も面倒でそんなの関係ねえということにもなるが、それは、医療も年金も教育もみんなダメにしてしまったこんなろくでなしの国を再生する責任を負わないことを意味する。ダメな国にしたのは無能な政治家や保身第一の役人であっても、彼らを正しく選べなかった、あるいは放置した責任は選挙民にあるはずだ。

  そもそも民主主義だ、主権在民だなどといって選挙民が自らをお客さん扱いすることからして間違いだろう。民意が常に冷静で賢明でなければ、民主主義は簡単に道を誤り、凶器にさえなる。よい例が9・11以後だ。扇動する指導者に熱狂し、付和雷同した国民が、他国に累々たる死人の山を築いた。

  戦後の長きにわたって、自由や民主主義を無批判、無条件でよしとしてきた受け止め方を、このへんでしっかりと整理し直さなければならない。核の傘の下にありながら平和国家と称するまやかしも同様で、ごまかしと引き換えに日本はアメリカのポチになり下がり、独立国家としての誇りを捨ててしまった。これもまた、この国の劣化の要因のひとつなのだ。

  このまま劣化を加速させるのか、歯止めをかけて再生に向かうのか、私たち一人ひとりが問われているのだろう。       (おわり)

  聴講者からメールを頂きましたので、次週はそのメールと回答を掲載します。
講演録 劣化の時代をどう生きるかB
2008 3/12

  自己完結から自己実現へ
   他人あっての究極の充足


 前回までで、戦後日本は豊かさを追求し、モノは手に入れたが次は何かが出てこないまま行き詰まり、さまざまな矛盾が噴き出してきたことを見てきた。藤原正彦氏の「国家の品格」は、そうした曲がり角にあって、日本独自の価値観をあらためて見直そうとする試みであろうと思う。

  この本を私は多くの共感を持って読んだが、氏が結局、日本人の精神的よりどころを再び武士道に求めている点には、どうにも戸惑わざるを得ない。ただ、念のため新渡戸稲造の「武士道」を読んでみて、ひとつ気がついたことがあった。

  「武士道」は明治32年に書かれたもので、武家社会が終わってから1世代経ている。明治維新は日本史上の大転換期であり、世の中が一気にがらりと変わったが、武家社会で生きてきた日本人の価値観が一夜で変えられるわけもない。激動期であるからこそ、人々は失ってはならないものを必死に見分けようとする。そしてそれがまだ可能だった。明治32年はそんな時代ではなかったか。振り返って平成の世は、同じく激動の大戦を経て、戦後生まれの団塊の世代、その次の団塊ジュニア、さらにその次の世代が育ちつつある。世代が代わるにつれ過去は影を薄くしてゆく。今がまさに「次は何か」を問われる時期にあるといえよう。

  劣化した日本を武士道で引き戻そうとするのは至難の業だと思われる。では新たな精神的支柱はどこに求めたらよいのか。自己完結する快適な生活などありえず、足元から破綻が始まっていることはすでに述べた。ならば、他人との関係はどう持てばよいのか。

  他人を視野に入れた途端、人は自分本位には動けない不自由を受け入れなければならない。横断歩道を渡りたいのに、信号が赤なら青の人のために待たなければならない。待たされるのはお互い様でそれがルール、ルールを守るのがモラルだが、そうした他人との関係を煩わしく不自由だと見るのをやめ、肯定的で積極的にとらえなければ出口はいつまでも見つからないのではないか。自分がどれだけ勝手にできるかという幸福論ではなく、自分は他人とのあり方によってどんな充足感を得られるか、という視点に立ってみよう。キーワードは自己実現。

  アメリカの心理学者マズローは人間の欲求を5段階に分け、低い欲求が満たされるとより高い欲求を求めるとし、最も高い欲求を自己実現と位置づけている。第1段階は食欲や睡眠などの生理的欲求、第2段階は安全や安心、安定の欲求で、まだ自分のことで精一杯の状態。第3段階になると人からよく思われたい、嫌われたくないとする集団帰属や愛情の欲求、第4段階は社会的に評価を得たい承認の欲求で、他人との関係が具体的に意識されてくる。ただこの段階でも、他人と対立したり矛盾することがある。いじめの側に帰属しないと自分が嫌われると考えたり、人を蹴落としてでも評価を得たいといった場合がある。

  しかし第5の自己実現の欲求は、自分はこうありたいという欲求で、それを満たすのに他人との対立は消え、むしろ自分の欲求の中に矛盾なく取り込んでいるとしている。

  この、他人と矛盾なく内に取り込んでいる状態というのはなかなか分かりにくい。次回で、もう少し読み解いてみよう。  (つづく)
講演録 劣化の時代をどう生きるかA
2008 3/5

 行き詰る自己完結型社会
     一方で、荒廃進む格差社会


  後日本は、精神面では軍国主義、戦争への反省から出発した。アメリカが日本を武装解除させて持ち込んだ自由、平等、民主主義はもちろん占領政策の一環には違いないが、国民は重苦しい時代からの解放感に満ちて、この3点セットを疑わずに受け入れた。だが、アメリカの言う自由とは、彼らが自画自賛するほど素晴らしいものなのか。

  9・11以後、アメリカはアフガンとイラクに侵攻し、これはテロリストや独裁者の国を解放し、自由と民主主義をもたらす正義の戦いであると宣伝した。そしてかつての成功例として、戦後日本を引き合いに出した。しかしきれいごととは裏腹に、この2つの戦争の端緒から、ベトナム戦争泥沼化の二の舞いを演じることは明らかだった。当時、熱狂的に大統領を支持したアメリカ国民も、ようやく今頃になってそのことに気がつき始めた。

  さて、日本に持ち込まれた自由はその後どうなったか。

  「あっしには関わりのねえことで」(木枯紋次郎)の決めぜりふがはやったのは1970年代の初めだった。80年代には「カラスの勝手でしょ」(志村けん)、昨年は「そんなの関係ねえ」(小島よしお)が流行語になった。この系譜は、他人との関係が煩わしく、他人に対してフリーで責任のない生き方を求める自己完結型の生活観が深まりゆくことを物語っている。

  前回述べた豊かな社会は、それをある程度可能にした。たとえば、電話が一家に一台なかったころ、呼び出し電話で隣近所が相互に気を使いながら助け合ったが、一人一台のケータイ時代にその必要はなくなった。

  しかし、自由な、いや身勝手な自己完結型社会は、個人がばらばらになり、孤立化し、共同社会として機能しない結果を招く。少子化、年金破綻はその典型だ。

  事情あって子どもが産めない人の場合を除いてここでは論じたいのだが、2002年の厚労省の調査によると、子どもを産まない理由の第1位は「自由な時間が持てない」、2位は「体が疲れる」、3位は「お金がかかる」となっている。確かに、子どもを育てるのは面倒で時間を取られ、養育費、教育費もかかるので、ラクな方を選んだらトクなように思う。しかし「アリとキリギリス」のキリギリスには落とし穴があった。

  年金受給は後の世代が前の世代を支える相互扶助を前提としている。若く元気なうち、キリギリスの生活を満喫した人が、やがて老齢化して支えてもらうのは、アリがせっせと育てた他人の子どもたちということになる。自己完結する社会などありえない。それどころか、アリが絶滅危惧種になるおそれさえある。

  話を戻そう。そもそもアメリカはほんとに自由と民主主義の国なのか。ひとたびハリケーンに襲われると、ニューオーリンズの低地に住む低所得者層は、避難するクルマも持たず、置き去りにされた。アメリカの自由とは市場競争原理で「自由」に戦い、勝った者が総取りする弱肉強食の論理で、それをグローバルスタンダードと称して、お節介にも世界に広めている。

  おかげで日本では、拝金主義のホリエモン、村上ファンド、ハゲタカファンドが横行する一方、年収200万円以下のワーキングプアが1200万人にも膨れ上がっている。格差社会で深刻なのは、チャンスもつかめず、出口の見えない生活からどうにも抜け出せない人々が、やがて諦め、希望や誇りを失い、人間として荒廃してゆくことにある。    (つづく)
講演録 劣化の時代をどう生きるか@
2008 2/27

  さる9日、西東京市コール田無で「劣化の時代をどう生きるか」をテーマに講演を行いました(西東京市選挙管理委員会ほかの主催)。今回から4回に分け、当日の内容を抄録いたします。


   何が失われたのか 戦後日本の光と影

 最初に、このところどんな劣化がどんな風に起きているかに触れておきたい。

  昨年末、新聞各紙が発表した10大ニュースを見ると、宙に浮いた年金5千万件、食品偽装、防衛庁汚職、薬害肝炎訴訟、銃犯罪の続発、と社会不安、モラルの欠如、危うい国の将来を物語る事件が半分を占めている。この中で、役人や政治家の犯罪や事件は今に始まったものでもないが、近ごろは警官や教師による殺人やわいせつ行為、消防団員の放火、マスコミ関係者の不祥事なども頻発するようになった。かつての“聖域”はいまや何の根拠もない神話となり、いまさらなにが起こっても一向に驚かない時代に変わった。

  流行語大賞は「(宮崎を)どげんかせんといかん」だが、地方の閉塞感は宮崎に限らず全国に広がっている。「今年の漢字」は食品偽装を示す「偽」だが、その前には耐震偽装が騒ぎになった。

  出版界では「国家の品格」がベストセラーになり、その後「女性の品格」「親の品格」「男の品格」など、失われたものを見直そうという品格ばやりの1年でもあった。

  過去10年ぐらいの新語、流行語を遡ってみると、ニート、パラサイト、援助交際、不倫、熟年離婚、引きこもり、虐待、いじめ、学級崩壊、給食費未払い、ネット心中、ワーキングプア、格差社会など、マイナスのキーワードが次々と噴き出している。

  こうして見てくると、社会の規範やモラル、人々の精神的支柱やよりどころが居場所を失い、そのため家族や地域社会、国家が壊れ、行き着くところ人間の誇り、希望、目標、他人との信頼関係、愛といったものが喪失、崩壊の道をたどり、つまりは心地よい人間関係やわきまえのある常識がどんどん劣化している。

  ではなぜ劣化したのか。戦後日本のたどった道を振り返ってみよう。

  敗戦により再出発した日本の目標は、経済復興、豊かな社会、GNPの成長だった。松下幸之助の「水道哲学」は、この時代の要求にぴたりと対応している。通行人が道端の水道の蛇口を捻って水を飲んでも、だれもとがめない。水が安くて大量にあるからだ。水と同じように、便利な電化製品を大量生産し、安くて大量に消費できるようになれは、豊かな社会が実現できる― 。やがて白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器となり、それが普及すると次にカー、クーラー、カラーテレビの3Cが行き渡り始める。「水道哲学」の実現である。

  人々が手に入れたモノの中には高学歴もあった。1970年代半ばには高校進学率が90%、大学進学率が40%にも達した。この高学歴化は一方で受験戦争、偏差値教育、おちこぼれ、ゆとり教育、学力低下と、矛盾を生んでは迷走を続けるが、ともあれ、60年代、70年代の日本は、高度成長、列島改造と突き進み、経済大国として成功を収めた。これが戦後の光の面と言えよう。

  しかしやがて、豊かさが価値にならなくなった。ないモノが欲しいから夢中になったのに、ひと通り手に入ると欲しいモノがなくなってくる。自分の欲しいモノは何か、欲しいモノが欲しいが見つからない。ここから、精神の荒廃、影の面が広がり始める。(つづく)
劣化の時代
2008 1/30

 近ごろ、講演を時々頼まれるようになった。

  私は、人の長話をじっと聞いていると、じりじりしてくる時もあるが、話す方はそう嫌いでもない。若いころは落語家になったら面白かろうと思ったこともあるし、いずれ歳をとって閑になったら、路上で辻説法でも始めたらどんなものかと考えたこともある。もっとも、辻説法では変人扱いされて石が飛んできそうなので、僧籍に入って寺々を回り、法話をしたいがと、住職の義兄に話したが、真(ま)に受けてはくれなかった。

  頼まれ講演のたぐいは、昨年2度、一昨年も2度行なったが、だんだんネタ切れになってくる。寺々の法話なら旅芸人よろしく同じネタを何度も使えるが、講演は地元が多いのでそうもゆかない。2月予定の次回は、考えあぐねた上で「“劣化の時代”をどう生きるか」に決めた。

  家族の崩壊やモラルの喪失、格差社会の深刻化など、世の中の“劣化”がひどくなってきたのはここ10年ぐらいの間だろうか。かつて存在していた心地よい人間関係やわきまえのある常識が、いつの間にか予想外の速さで劣化を進め、いまや私たちの生活の至る所で矛盾が噴き出し、歯止めのかかる気配がない。そうした現象のいくつかは本欄でも取り上げ、近著「虫瞰(ちゅうかん)の風景」にも収録したが、加速する劣化はなぜ起こるのか、将来に向かってどう生きればよいのか、最近気になっていることを、自分なりに見つめてみるよい機会になるのではと思った。

  社会学者でも宗教家でもない私が取り上げるには、このテーマはかなり手ごわいが、一生活者の視点から、手に負えない課題の出口を模索してみたい。

  講演は2月9日午前10時から、西東京市コール田無(田無町3丁目、田無駅北口徒歩7分)で。入場無料。主催は西東京市選挙管理委員会ほか。問い合わせは同会(TEL:042-438-4090)へ。


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書籍 虫瞰の風景
書籍 虫瞰の風景
「きのう きょう あす」 が本になった。 書店にて好評発売中!
9日発売開始「一隅にも五分の魂」(2008年 7/2)
過酷な領域(2008年 6/25)
覚悟ということ(2008 6/4)
おうちはどこ?(2008 5/28)
年金処理の解決法(2008 5/21)
粗大ゴミ(2008 4/23)
講演録 劣化の時代をどう生きるのかC(2008 3/19)
講演録 劣化の時代をどう生きるのかB(2008 3/12)
講演録 劣化の時代をどう生きるのかA(2008 3/5)
講演録 劣化の時代をどう生きるか@(2008 2/27)
劣化の時代(2008 1/30)
 

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