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われら隣人
第516回
矢ヶ崎耕一(農業)

 本紙の「川柳いっぷく」コーナーに名を連ねだしたのは、5年前、2002年3月だった。
 その直前、産経新聞に投稿したエッセイが掲載され、「日常をスケッチするなら、文章ではなく川柳という方法もあるか」と、ふと思ったのがきっかけだった。
 誰かに手ほどきを受けたわけではなく、独学で川柳を作る。以来、東興通信だけでも年間500句以上を投稿している。
 本職は農業。かといって、仕事中もメモを肌身離さずというわけではない。朝と夜、それぞれ20分ほど頭をひねって何句かを生み出す。ちょっとした頭の体操だ。
 はた目には「晴耕雨読」の悠々自適な生活にも見えるが、農業も川柳も、父の死があってかかわりだしたものだ。 【取材記者・木瀬貴吉】

農業と川柳は暮らしの両輪

 江戸時代から続く農家の長男に生まれたが、家業を継ぐことを、それとなく避けてきた。
 地元の工業高校を卒業し、千葉の短大へ。卒業後は、中野区の設計会社に就職。バブル景気に沸くころで、深夜残業が当たり前。タクシーで帰宅することも珍しくない、モーレツサラリーマンの時代を過ごした。

 ところが、結婚し、3人目の子供が生まれるころ、父が肺を患い、自宅に隣接する畑地を耕すことができなくなった。
 母親にも農業を継いでほしいと望まれ、35歳で会社員を辞めた。「種をまけば収穫できるんだろう」ぐらいの軽い気持ちからだった。

 その1年後に父は亡くなる。直接教えを受けることができなかった農業は、十数年のサラリーマン生活とは違うつらさがあった。
 年間のサイクルが見えず、1袋20キロある堆肥(たいひ)の袋を抱えて土を耕すことは、体力的にはもちろん精神的にもきつかった。
 種をまき、防寒や日よけのためのシートやネットをかけ、支柱をこしらえ、日照りを気にして、ようやく実がなることを初めて知った。

 3年が経過したころ、徐々に「先」が読めるようになり、やや落ち着いた。が、農家の人たちが「毎年が1年生」という言葉の意味をずしりと感じるようにも。
 世間では、「今年の天候は不順で」という会話がなされるが、農業をしていれば、不順でない年はないことを知る。毎年、違った天候を相手に種をまく時期を少しずつずらすなどの工夫が求められる。

 そんな同じ日が来ない暮らしから、自分が感じたことや家族の成長を記録したいという欲求が川柳作りに向かわせている。
 「アザラシとアシカのちがいわからない」――03年6月掲載の句だが、いま読めばなんのことかと自分でも思う。が、多摩川にアザラシが現れ「タマちゃん」ブームの渦中にあったことを記憶の底から呼び起こす。
 「お釣り見て初顔合わせうれし朝」は、新札が発行された04年の句だ。
 また飲料メーカー伊藤園の俳句大賞で、約127万句の応募作から佳作特別賞に選ばれ、新聞広告にも掲載された句――「抜かれたら抜こうマラソン冬の空」は、娘らのマラソン大会を応援した時の印象を書きとめたものだ。

 投稿しても掲載されなければ、記録に残らない。が、それでいいと思う。そのときにしか書けないことを書くことが重要なのだから。

 句作とともに、農業も軌道に乗ってきた。が、都市部での農業は矛盾が少なくない。
 作付面積が小さく、コストがかかる。砂ぼこりが付近の住民に嫌われることもある。トラクターなど音が出る機械は、午前8時より早くは使わないなどの配慮も必要だ。しかし、人が多く暮らす地域だからこそできる農業もあると思う。
 地元の柳沢小学校から始まった体験農園は、口コミで広がり、今では西東京市内の学童クラブを中心に15団体を受け入れるまでになった。
 子供たちがダイコンなどの種をまき、世話をして、自分で収穫してもらう。そうやって毎年1000人以上の子供たちが畑にやってくる。また、畑地の一部を家庭菜園用に貸し出すのは、父親の代から続く。

 それだけでなく、作物がなる列を等間隔に区切り、区間ごと近所の人に売る。そして、食べたいときに欲しい量だけ自分で収穫してもらう方式を考案。これが人気になった。
 今は、キヌサヤが小さな花を咲かせているが、初夏になれば、夕食用にキヌサヤを収穫していく仕事帰りの人の姿が見られるだろう。
 鮮度が命の野菜にとって願ってもない環境だし、食べる人の声を直接聞けるのは、作物を市場に出荷する地方の農家にはない喜びだ。

 農業を続ける中で見えてきたことがある。それは、農業とは土づくりだということ。
 化学肥料は、作物の成長を早めることができるが、土を育てることはできない。昔ながらの堆肥を使い、ひたすら耕し続けることでしか、いい土は作れない。

 句作も同じで、継続することが何より大切だと思う。
 いまでは、農業と句作は、暮らしの両輪のようだ。どちらを欠いても、まっすぐには進まないだろう。



 ◇やがさき・こういち 1965年8月7日、旧田無市生まれ。西東京市向台町1丁目在住。川柳のほか、標語コンテストへの応募も多く、2003年には島根県が主催した「子育て・子育ち ことのは大賞」を受賞している。41歳。

  


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