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われら隣人
第509回
茂庭照幸(FC東京)

 2006年6月12日、ドイツ南西部の都市、カイザースラウテンでのオーストラリア戦。都内のサッカーチームに所属する選手としては、史上初めて「FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ」(W杯)の試合に出場。チームは敗れたものの、35分間を、「世界の舞台」で戦った。

 当初はW杯メンバーに選出されておらず、ドイツへ渡った23人のメンバーの1人が負傷したため、休暇滞在中のハワイから緊急招集された。ラフなTシャツ姿で成田空港に到着した際の映像とともに、ワイドショーなどでは、「ラッキーボーイ」との扱いを受けることになった。

 しかし、W杯ドイツ大会で日本代表の最年少メンバーになるまでの経歴は、エリートそのもの。高校在学中にJリーグ公式戦にデビュー。年代別の日本代表チームに常に選出され、アテネ五輪(04年)にはレギュラー選手として出場している。

 FC東京でも不動のセンターバックとして100試合以上に出場し、04年のJリーグ優秀選手にも選ばれた。

 だが、その「エリート街道」は、決して平坦なものではなかった。

プロ根性を支える母の言葉

 サッカーを始めたのは、小学校3年生のとき。隣家の「お兄ちゃん」が入っていたサッカーチームに誘われたのがきっかけだ。Jリーグが開幕する数年前のことで、W杯の存在もよくは知らなかった。
 当時は、足の速さと高い身長を生かしたフォワードとして活躍。小学6年時には、全国大会でベスト8まで進んでいる。
 中学生になると、その後に中田英寿選手が在籍するJリーグのベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)のジュニアユースチームに入った。高校生年代のユースチームに昇格してディフェンダーに転向。直後の1997年には、18歳以下の日本代表に選ばれ、国際試合を経験するようになる。

 高校2年になると、アマチュアのままJリーグの試合に出場できる2種登録選手となり、このころから、ごく自然にプロ選手を意識するようになった。
 しかし、当然のことながら、プロになるには厳しい練習が待っている。
 足には自信があるが、走るトレーニングは苦手。自らを「プロ向きではない」と言い切るように、最後の苦しいところで妥協してしまう性格を認識してもいる。
 それでも、プロ選手となって、早く自立したいとの思いを持ち続けた背景には、母すみ子さんの早すぎる死があった。

 中学1年のときに帰らぬ人となった母の言葉が、つらい練習や、手を抜きそうになる自分を支えてくれた。それは、「プロになって頑張んなさい」という、病床の母と交わした最後の一言だった。
 その後、順調にプロ選手となったものの、日本代表選手としては、経歴の華やかさと裏腹に苦しい日々が続いた。
 20歳以下の世界大会であるワールドユース選手権(2001年アルゼンチン大会)では、代表メンバーとして現地へ向かったものの、ケガをして、開幕前に帰国。
 02年のアジア大会(韓国・釜山)では、準優勝メンバーになったが、自身は1度も試合に出場できず、ストレスでニキビだらけになった顔を洗ってばかりいた記憶だけが残っている。
 そんな苦しいときも、自宅から練習場まで車で送り迎えしてくれた母の“遺言”が、プロ選手としてのベースになっている。

 W杯日韓大会が開催された02年、FC東京が練習場を小平市に移すのと同時に同チームへ移籍。1年目の後半からレギュラーポジションを獲得して、チーム随一の人気者になった。
 試合会場で「モ・ニ・ワ!」と名前を連呼するファンは、「ワ」のところで、両腕を頭上にかかげて「輪」を作る。インターネット上の百科事典「ウィキペディア」で、「世界にも類を見ない独特のもの」とされる応援方法だが、スタンドの子供たちも大喜びでその名を叫ぶ。
 7月に発売されたフィギュアで、本来はファンがするポーズを本人が取っている。しかし、そのポーズにしようと提案したのは、ほかでもない自分自身だ。
 女性ファンは、決して多くないが、どの年代からも好かれ、ときには対戦相手のファンにも愛着を持たれるキャラクターを自ら熟知している。それは、「プロ根性」のひとつの姿だ。

 W杯ドイツ大会での敗戦から2カ月以上が経過したが、その経験は、「生々しい記憶」として体の中に残っている。
 ドイツ大会後にオシム監督を新たに迎えた日本代表には、まだ選出されていないが、次回の南アフリカ大会(10年)を28歳で迎える。29歳でドイツ大会の主将を務めた宮本恒靖選手とほぼ同じ年齢だ。
 「ディフェンダーとしていちばんいい時期」に、世界の舞台で戦いたい思いは、生半可ではない。
 すさまじい緊張を強いられる日本代表選手だが、国際大会で「君が代」を歌い終え、グラウンドに散る瞬間の開放感がやみつきにさせる。それが最高潮になるのは、もっともプレッシャーのかかるW杯の試合であろうことは、容易に推測できる。途中出場だったドイツでは、その“快感”を体験できなかったからこそ、「次回こそは」との思いを秘める。
 そのためにも、「生涯このチームで戦いたい」と考えているFC東京で活躍するための準備を怠るつもりはない。



 ◇もにわ・てるゆき 1981年9月8日生まれ、24歳。神奈川県厚木市出身。181センチ、77キロ。17歳でJ1リーグに初出場。同リーグ通算出場数は、131試合(8月26日現在)。FC東京での背番号は2番。日本代表として9試合に出場し、1得点を記録している。  【取材記者・木瀬貴吉】



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