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25年ほど前、3人兄弟の末っ子が小学校に入り、子育てが少し楽になった。
自分の時間が持てるようになったとき、ふと思った。「余暇を利用して、何か人の役に立てることがないかしら」
そんな折に目にしたのが、市報に出ていたガイドヘルパー養成の講座。地域での活動なら、時間的にも肉体的にも負担は少ないと思って応募した。
講座修了後、視覚に障害がある中年女性のガイドヘルプを請け負った。親しくなるにつれ、互いにプライベートな話もするようになった。
そんなある日、「10代からずっとダンスを続けているのよ」と話したときのこと。
「私なんて、かくのは冷や汗ばかりで、いい汗をかくことなんてないのよ。ダンスをしてみたいわ」という女性の答えに、軽い気持ちで、「人数を集めてくだされば、教えてあげるわよ」と口にした。
それがすべての始まり。
2カ月後には、視覚障害者5人を相手にフォークダンスを教えるようになっていた。
もっとも、ダンスは見よう見まねで習得するもの。フォークダンスがどんなものかを知らない相手に、言葉だけでステップや動作を教えるのは無理な注文だ。
そこで考えたのが、フォークダンスを単純にすること。
東京都フォークダンス連盟理事を務めたこともある身に、「フォークダンスは、各国・各地域の文化遺産。一つひとつの動きに意味があり、変えることは許されない」と葛藤もあったが、「難しくて、何かイヤ」という視覚障害者たちの言葉には勝てなかった。
試行錯誤で完成させた振り付けは、転びやすい複雑なステップを排除し、指導しにくい曲線的な動きを少なくした。また、2時間の練習で1曲踊れるように、ワンフレーズの繰り返しで曲を通せるように工夫した。
同時に、ダンスの楽しみであるパートナーとの掛け合いや、リズミカルなステップを残すことも忘れなかった。
そうしてできあがったダンスには、フォークダンスと区別するため、「コミュニティーダンス」と名付けることにした。障害のある人も、高齢者も、みんなで輪になって踊ってほしい、との願いを込めた。
月1回の指導とはいえ、神経とエネルギーを使う活動で、辞めようと思ったことが何度もある。今も、活動をサポートしてくれる仲間が少なく、人手不足に悩んでいる。それでも辞めずに続けるのは、集まったときの、子供のように楽しそうにするみんなの姿にやりがいを感じるからだ。
「ダンスの良さって、何かを言わなくても、手をつないだりすることで、『ああ、人間同士なんだ、人間の中に身を置いているんだ』って実感するところにあるでしょう? みんな、孤独はいやなのよ。結局、人との交わりを求めていて、そこで、たわいもないことで喜ぶの。それが人間じゃないかしら」
そんなたわいもないことの一つに、自身の年齢がある。どんなにしつこく尋ねられても、絶対に明かさない。
「みんな、私の年齢を当てようとして、『あんなに元気なんだから若いはずだよ』『20年も教えてくれているんだから、若いはずないじゃない』なんて、楽しんでいるのよ。わざわざ、現実を突きつける必要ないじゃない? 『青い山脈』とか『オブラディ オブラダ』とか、自分たちが若かったころの曲を踊るとき、気持ちはタイムスリップしているの。踊るとき、みんなは、夢を見ているのよ」
ふさもと・ふみこ 西東京市向台町4丁目在住。目の不自由な人と共に踊るダンスサークル「コミュニティーダンス・サークルひまわり」代表(現在、会員は約30人で、半数が視覚障害者)。コミュニティーダンス研究所所長。愛媛県松山市ほか、全国各地でコミュニティーダンスの講師を務めた。著書に「コミュニティダンス―目の不自由な人と共に踊る」(一麦社)がある。日本フォークダンス連盟公認指導者。田無フォークダンスサークル「れんげ草」でも常任講師を務めている。
2月10日午後1時から4時15分まで、清瀬市生涯学習センター7階「アミューホール」(清瀬市元町1丁目)で、「コミュニティー・ダンスの集い」が開かれる。
視覚障害者らによるコミュニティーダンスの披露のほか、参加者も踊れるダンスタイムがある。「ひまわり」の主催。参加無料。
問い合わせは小池宅(TEL 042―494―2454)か房本宅(TEL 464―1618)へ。
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